• スタディサプリ 進路(大学・専門学校)
  • 仕事・資格を調べる
  • ミュージシャン・演奏家
  • シンガーソングライター
  • 1年目はどうだった?
シンガーソングライターの1年目はどうだった?

シンガーソングライターの1年目はどうだった?

全国のオススメの学校

地道に曲を作り、ライブ活動を続けてきた努力が実り、晴れてメジャーデビュー! ラジオで自分の曲が流れ、音楽雑誌の取材を受けたり、テレビに出演したりするチャンスもあるかもしれません。日々数多くのシンガーソングライターがデビューするなかで、プロとして一線を走り続けているシンガーソングライターの1年めはどのようなものだったのか、話を聞きました。

藤巻亮太さんがデビューのきっかけをつかんだ「神社時代」

藤巻亮太さんがデビューのきっかけをつかんだ「神社時代」

私たちが、小学校時代からの同級生3人で「レミオロメン」というバンドを組んだのは、大学3年生の時です。当時、私は群馬にある大学に通っていて、ほかのメンバーもそれぞれ離れた場所に住んでいる「遠距離バンド」でした。月に数回、集まって曲作りをするのですが、在学中はなかなか芽が出ませんでした。周りの友達が就職活動一色に染まっていく中で、デビューできるかどうかも分からないのに本当にこれでいいのかと葛藤もありましたが、音楽が好きという思いを貫こうと決めました。
卒業して「半年間だけがんばろう、これで駄目だったら解散しよう」と決めて、地元・山梨に戻りました。神社の敷地にあったぼろぼろの空き家を借りて、防音のため中に毛布を貼り付け、機材を入れて、毎日メンバーと一緒に練習しました。その場所で最初に作った曲は『まめ電球』。練習をしていた空き家の天井にぶら下がっていた裸電球を見ながら作った曲です。平日は公務員のように、朝8時から夕方5時まで毎日そこに通って、週末は車で下北沢まで行ってライブをしていました。続けているうちに、ライブに来てくれるお客さんの数が少しずつ増えていきました。私たちは”神社時代”と呼んでいるのですが、そこでの日々が結果的に、デビューのきっかけになりました。

メジャーデビューは「ゴール」ではなく「スタート」

バンド結成から2年あまりが過ぎた2003年、インディーズレーベルから『フェスタ』というミニアルバムでデビューすることが決まりました。このアルバムに収録されている曲の多くが、“神社時代”に生まれた作品です。デビュー後、都内での仕事が増えてきたので、活動の拠点を東京に移しました。その年のうちに、当時の事務所と契約を結び『電話』という曲でメジャーデビュー。目まぐるしい日々が始まりました。
デビューのきっかけをつかんだときには本当にうれしかったですし、もちろん自信になったのですが、デビューすることがゴールではなく、むしろそこからがシンガーソングライターとしてのスタートです。多くの人に聴いてもらえる曲を作らなければというプレッシャーや、もっと頑張らなければという思いを抱いたり、時には不安になったりすることもあります。そのような波を一つ乗り越えて新しい曲が生まれるたびに、シンガーソングライターとしても一歩成長することができるのではないかと思います。

取材協力

藤巻亮太

山梨県笛吹市出身。レミオロメンの一員としてメジャーデビューし、「3月9日」「粉雪」など数々のヒット曲を世に送り出す。2012年、ソロ活動を開始。2018年より、自身主催の野外音楽フェス「Mt.FUJIMAKI」を地元山梨で開催するなど、精力的に活動の幅を広げている。 公式HP:http://www.fujimakiryota.com/

関連する仕事・資格・学問もチェックしよう

関連する記事

シンガーソングライターを目指せる学校を探すならスタディサプリ進路
RECRUIT