カレッジマネジメント187号
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現在、アメリカの著名大学が、看板教授の授業光景を無料オンラインで提供し始めている。例えばMIT、ハーバード、スタンフォードといった著名大学である。これらの大学の授業料といえば、年額400万円、500万円といった、我々日本人からすれば途方もない高額に達する。その大学が評判の高い講義をわざわざ無料でインターネットを通じて全世界に向かって流している。常識で考えれば、まさに自殺行為である。誰しも自分で自分の首を絞めるような行為になぜ走り始めたのか疑問に思うことであろう。今から40年ほど前、一人の神学者が現代を「学校に支配された社会」だと批判した。そのなかで人々は強制的に学校に通わされ、試験に脅かされながら勉強しなければならなくなっていると批判した。そして人々はもともと学習とは自発的な活動であったことを忘れ去り、学校に依存し、強制されなければ学べないものだと思い込まされている。こうした強制的で他律的な学習から脱却する手段として「学習ネットワーク」を提案した。それによると、何かを学びたい人は、学びたいテーマと自分の連絡先を登録しておく。他方、誰かに何か教えられる人はその内容と自分の連絡先を登録しておく。そういうネットワークを組めば、何も学校に頼らなくても、人々は必要なことを必要な時に希望する人から学べるようになる。そうなれば学校は要らなくなり、強制的で他律的でない自発的で自律的な学習ができるとした。その当時、こうした「哲学」は強制的で支配的な学校に批判的だった人々には歓迎されたが、まだインターネットがそれほど普及していなかったため、「学習ネットワーク」といわれても夢物語でしかなかった。しかし21世紀に入った今は違う。今やインターネットは生活のあらゆる場面に浸透し、ウェブサイト上にはあらゆる情報があふれている。人と人を結びつける仕組みとして、ネットワークは強力な効果を発揮し始め、求職者達と求人側とはネットワークを通じて「お見合い」ができるようになった。求職者は自分の希望条件を登録しておけば、それに合致した職を紹介してくれる便利な仕組みとなった。ところで、この仕組みを大学に応用したらどうなるか。まず誰でもいつでも好きな時間に、好みの場所からインターネット上の教材にアプローチできる。従来型の大学のように、決まった時間に決まった場所に出かける必要がない。残るのは当人の意欲と根気だけである。しかも無料である。確かにこれだけでは卒業証書は無理だが、科目ごとの修了証が発行されるという。やがて何枚か修了証を集めれば卒業証書も無理ではなくなるのかもしれない。しかしこのようなことが普及すれば、年間500万円もの授業料をわざわざ払うもの好きはいなくなる。そうすると本体の大学そのものが成り立たなくなる。こうした無料提供というビジネス・モデルはいつまでも続くとは思えない。本書でも、このMOOC(Massive Open Online Coursesの略)のビジネス・モデルはまだ確定しているわけではないとする意見が多い。それではなぜ著名大学が著名講義の無料送信に踏み切ったのか。それはどうやら他の大学に負けてはいられないという恐怖心かららしい。あるいは周りがしている以上、それに乗り遅れては自大学の名前がかすんでしまうためらしい。あるいはこういう時代が到来した以上、自大学が時代の最先端を走っていることをアピールする宣伝のためにも、こういう無料配信が必要なのかもしれない。伝統型の大学とオンライン大学との競争が何を生み出すのか、当分は目が離せない。金成隆一 著『ルポMOOC革命─無料オンライン授業の衝撃』(2013年 岩波書店)自殺行為とも思える無料提供MOOCが生み出した可能性夢物語の哲学が現実に

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