キャリアガイダンスVol.426 別冊
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人の心理的な成長段階を示したロバート・キーガンの「成人発達モデル」図44Vol.426 別冊付録だ」と行動を諦めがちだが、この雑然とした課題を棚卸しして整理することで、目的に対して本当に取り組むべき課題が絞られる。次は、その課題を解決するためにどのようなことができるかについてのアイデア出し(Options)。ここまでくれば、あとはやるべきことに優先順位をつけて行動のプランをまとめる(Wrap Up)、あるいはやろうという意志(Will)を固めるのみだ。この段階で、サクセスサイクルの「Action」、さらには「Result」までが見えてくる。 このように、コーチングの基本は、決して専門家でなければできないほど難しいものではない。適切な研修を受け、実践で成功と失敗を重ねることで、一般の学生でも習得することは可能だ。アメリカの例を見ても、チューターの導入・普及によって中退率低下などの成果が表れている。Wenessの研修を受けた大学生たちも、短い期間に現場で使えるレベルのスキルを習得していくという。 「人間は誰でも生まれながらに自己成長欲求をもっています。よく『ウチの生徒はやる気がない』と口にする学校の先生がいますが、これは先生が言うべき言葉ではありません。生徒や学生の自己肯定感を下げる悪影響しかない。一切やる気のない人なんていません。ないように見えるのは、一時的に意欲が下がっているだけ。潜在するやる気を引き出してあげれば、人は自ら成長していくのです。マズローの欲求5段階説が示しているように承認欲求が満たされればその先には成長欲求がある。大切なのは小さな成功(アーリーサクセス、クイックサクセス)でもいいから、まずは成功体験を積ませ、それを承認することなのです」 先に挙げた、ファシリテーション、チーミングは、ピアサポーターの組織を運営する際に重要になる。このうち、チーミングについても触れておこう。 「例えば、誰かが電車の中で倒れたとしたら、近くにいる人たちは助けるために即座に協力し合って行動を起こしますよね。その場で即席のチームが形成される。このように緊急度・重要度の高いタスクや、『できたらすごい』と自分自身や組織自体が自己に期待をもてる高次の目標(サミットタスク)を共有することができれば、集団はそのタスク・目標のためにまとまり、各自が主体的に行動することができるのです。これがチーミングです」 ピアサポーターの組織がうまく運営されている大学では、「大学の価値を自分たちの力で高めたい」「みんなで協力して後輩たちを育てたい」といった高次の目標が学生間で共有されているという。ピアサポーターを務める学生は1対1のコーチングだけでなく、このチーミングに関しても経験値を高められる。 コーチングにせよ、ファシリテーションにせよ、チーミングにせよ、ピアサポーターが学び、経験することは、今、ビジネスの世界でも求められていることばかりだ。ここに、大学でピアサポートを導入するもう一つの意味がある。支援する側のピアサポーター自身が大きく成長できるのだ。 「実際、アメリカでもチューターの就職率は高いですし、大学生時代に私たちの研修を受け、その後、企業に就職した元ピアチューターから『社会に出てから役に立っています』といった声を聞くことも多いですね」 図4はコーチングの分野でよく参照される、人の心理的な成長段階を示した「成人発達モデル」。伊藤氏によれば、ピアサポーター、ピアチューターを経験した学生たちは、第3段階の他者依存段階、慣習的段階から、第4段階の自己主導段階へとステップアップしていくという。 支援する側される側の双方の成長が見込めるピアサポートは、今後も国内の大学で幅広く取り入れられていく可能性が高いと伊藤氏。キャリア教育に注目して大学を選ぶ場合、今後は、ピアサポート制度の有無もチェックポイントの一つになりえるだろう。ただし、ここまで説明してきた通り、ピアサポートは、一人ひとりのマインドセットが重要となるので、単に制度として導入されているからといってうまく機能するとは限らない。 そのため、大学組織や学生間に高次の目的が共有されているか、主体的・利他的に行動できるリーダーが育っているか、学生同士が支援し合う雰囲気や場が恒常的に形成されているか、自らピアサポーターに手を挙げる学生が次々に生まれるサイクルが成立しているかなどをしっかりと調べることも大切になる。第1段階「具体的思考段階」子どもの段階第2段階「道具主義的段階」「利己的段階」自分の関心事項や欲求を満たすことに焦点。他者の感情や思考の理解が難しい。第3段階「他者依存段階」「慣習的段階」自らの意思決定基準をもたず、組織や社会など他者の基準によって自分の行動を決定する。第4段階「自己主導段階」自身の価値観や意思決定基準をもち、自律的行動が可能。自己成長に強い関心があり、自身の意思を明確に主張する。第5段階「自己変容・相互発達段階」自身の価値観や意見にとらわれず、多様な価値観を汲み取りながら的確に意思決定できる。自己成長のみならず、他者の成長にも関心がある。※ロバート・キーガンの「成人発達モデル」をもとに編集部で作成

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